カテゴリ:旅行〈パラオ〉( 2 )

ペリリュー島

書こうと思いながら、なかなか書けなかったペリリュー島の事です。


パラオ帰りの飛行機が深夜1:45発という事もあり、滞在最終日はダイビングなしでフリーに。
で、ペリリュー島へのツアーがあったので参加しました。

ペリリュー島は太平洋戦争の激戦となった地。
2015年4月9日には、天皇、皇后両陛下が戦没者慰霊に公式訪問なさった土地です。
それ以降、4月9日は祝日になっているそうです。


コロール島の南西約40km、スピードボートで1時間強の所にあります。
この時は曇天。今にも雨が降り出しそうな様子でした。



島に着き、最初に「千人洞窟」へ。
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日本軍が陣地として構築した洞窟。
名の通り1000人位多くの日本兵を収容したとの事。
...写真はありません。
いざ入ってみると暗いし低いし狭いし、息苦しく感じました。
通路に沿って小部屋が作られていて、野戦病院としても使われたそう。
そして、辺りにはいろんな物が散乱してました。
ビール瓶が火焔瓶として使われたそうです。
米軍の火炎放射器で黒くなった跡があったり。
洞窟に入っただけでグッと込み上げてきて、更にいろいろ話を聞き、
その姿や状況を考えただけでも苦しくなりました。


次に訪れたのは戦没者慰霊碑(みたま)。
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ここではお線香をあげて手を合わせました。
ツアーの中の1組が高崎市から参加されたご家族で、ご住職でした。
袈裟を持っていらしてて、それを身につけ私たちがお線香をあげてる間に
お経をあげて下さいました。


ペリリュー第二次世界大戦記念博物館
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旧日本軍の武器弾薬庫として使われていた建物。
外側は弾痕そこまま残っており、中は補修され当時の兵器類や写真等展示されていました。


旧日本軍総司令部跡
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建物中心部には爆弾が落ちた大きな跡があり、壁には多くの銃痕も。
奥にはトイレや風呂等の跡も残されていました。


零戦(52型零式艦上戦闘機)
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着陸に失敗して、そこままの状態との事。
ジブリ映画「風立ちぬ」の主人公のモデル、堀越二郎さんの設計。


旧日本軍95式軽戦車
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3人乗りで厚さ約2cmの戦車。


米軍水陸両用車と旧日本軍大砲跡
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オレンジビーチ
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この手前には米軍慰霊碑がありました。
このビーチが米軍最初の上陸地点で、
旧日本軍が待ち構えており一斉射撃で海は真っ赤に染まったそうです。


ペリリュー平和記念公園
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戦没者の碑で世界平和を祈念して建立されたそう。
碑の真ん中には半眼のモチーフ。その真下には雲のモチーフ。
それらは北を向いて作られています。
それは、ここで亡くなられた英霊の御霊が迷わず日本に帰れるようにと。
碑の両脇にはシャコ貝。
水でとても苦しんだ戦争だったそうで、雨が降ったらその貝に水を溜め
碑に沿って滴り貯水するようになっているそうです。


アンガウル島
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奥に写っているのがアンガウル島。曇っててよく見えないかな。
ペリリュー島同様、激戦となった地。
島民も居ますが、他のパラオの島々とは違って手付かずで自然豊か。
野生の猿も居る島らしいです。が、なかなか海況が良くないと滅多に行けないとか。


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最後は、中川大佐自決の地とされた所まで。
途中には不発弾があったり、そこはデスバレイと呼ばれてたとも。
未だ、地雷の撤去は中途だそうで今も続いているという事でした。


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自決されたという地には慰霊碑も。
ここでも線香をあげ手を合わせて来ました。




今回ガイドして下さったのは、元自衛隊員の方でした。
とても知識豊富で、この事実を風化させてはいけないという使命感を持ち各戦跡では丁寧に熱く説明してくれました。
話を聴いていると、その時々の状況が浮かび胸が熱く苦しくなる思いがしました。
日本の事を思い、日本の家族を思い、どんな気持ちで戦ったかと思うと。。。

将校方の士気は高く、精神的にも並々ならぬ強さだったと。
それは、話を聞き実際に見て肌で感じる事が出来ました。

私の乏しい語彙や表現では、どれほど凄惨だったか、その時の自分の感情でさえ とてもとても上手く伝えられないです。
機会があれば、是非 ここは訪れて実際に感じて欲しいと思う所です。

この日は曇天で、スコールがあったりしましたが比較的過ごしやすくツアー歩くには楽だったと思います。
でも、本当はカンカン照りな日に巡ってみて欲しかったです。
その方が、ほんの少しでも兵士方の辛さが解っていただけたと思います。というガイドさんの最後の言葉が心に残りました。

改めて平和の尊さ、こうして過ごせてる事に感謝しながら忘れてはいけない歴史なんだと実感しました。




ペリリュー島の戦跡が物語るもの.. --------------
連戦連勝で意気揚がる米軍は、1944年3月に日本軍基地船舶に攻撃を開始。
オレンジビーチ上陸から3日で終わらせる予定だった戦闘は、日本軍守備隊の凄まじい抵抗にあい3ヶ月にも及んだが、結局 同年11月24日「サクラ、サクラ」の暗号を打電して玉砕。
この間の死傷者は米軍8,500人以上、日本軍が12,000人以上となった。
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by kon_piro | 2017-02-13 16:30 | 旅行〈パラオ〉

パラオ

テトはパラオへ。7年振り。
今回は以前セブで知り合ったダイブ友と待合わせ。天気は晴れたり曇ったり、雨が降ったり。1日快晴!という日はなかったな。
それでも紫外線が強くて、なぜか左耳だけ日焼けして火照って帰って来てから皮が剥けた(¯―¯٥)
日焼けで皮が剥けるなんて何年?何十年?振り。

4日間11ダイブ。

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ダイビング初日から、こんな曇天。

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初日2本目でマンタ。
別の日の違うポイントでは大きい2枚のマンタが目の前を旋回。
その迫力には圧倒された~。

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ナポレオンもたくさん見れたな。このすっとぼけた様な顔がたまらない(笑)

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ブルーホール。
天気が良かったら、もっと光挿して綺麗だろうにな~。


他にも生物はいーっぱい。バラクーダにオオメカマス、チンアナゴ、ツカエイ 他諸々...
どこのポイントにも居たのがサメ。
乱舞してる様な、グレイリーフシャークやネムリブカの数。圧巻でした。


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パラオの海はどこも澄んでて色が綺麗。ボートから見てるだけでも楽しい♩


旧正月と重なり、上海や中国に駐在してる人たちも。
3年前はちゅー国人の観光客がピークだったらしいけど、今はビザが必要になってて ひと頃よりは減少したそう。それでも、一番はちゅー国人だそうですけどね。

お世話になったショップは、シニアの方たちで常連さんが多かったな。
中でも、ご一緒したのが70歳前後の上品な 大お姉さま3人組。
ダイブ本数も100本とか200本とか...凄いです。
タイミングよく100本の記念ダイブ、ご一緒出来ました。
このお年でも、こんな風にお友達とダイビングを楽しめるなんて素敵だな~って思う。
健康であれば出来るし、やっぱり趣味を持つって大切ね。
私もこんな年の重ね方したいわ~と思うような、大お姉さま方でした(´◡`) 
最後は連絡先教えて..と言われ、メールアドレス書いて来ました。
私はもらってないけど(笑) ← なんか苦手で私にも...って言えない質(*-∀-*)


そして... 夜訪れた居酒屋で。
ここも日本人の大お姉さま、御歳78歳...だったかな?..がやってらっしゃるお店。
いや~昭和な雰囲気のなんだか落ち着くお店でした。BGMは川中美幸only(笑)
いろいろお話しさせて頂いて、ベトナム在住って言ったら 大お姉さまの新婚旅行がベトナムだったとか... その年代で海外、それもベトナム??と思いながら。
そして、日本の食べ物恋しいでしょう?といろいろサービスして下さいました。
冷や奴やら大根の煮物やら数点。
あ~ なんか懐かしい味。そう、おばあちゃんの味!って感じでした。
そんな優しさに触れて、なんかじわーっと心温かくなったり。
最後は、機会があったらまた来てね...って。あ~人ってあったかかったんだな~とじんわり(笑)


そんな感じで、今回もいろんな人に出会っていろんな人生垣間見れて。
楽しかったし、私も頑張ろって思えました(´◡`) 










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by kon_piro | 2017-02-07 20:12 | 旅行〈パラオ〉 | Comments(0)